2013.01.07

研究者コラム|下村政嗣


 今、何故、生物模倣(バイオミメティクス)なのか

東北大学原子分子材料科学高等研究機構教授
下村政嗣

 

今世紀に入り欧米を中心に、「生物模倣技術」が改めて注目され始めています。1930〜1940年代にナイロンや面状ファスナーが発明されるなか、1950年代後半に生物学者により「バイオミメティクス」の概念が提唱され、1970年代〜1980年代にかけて第一世代とも言うべきBiomimetic Chemistryの勃興により「分子系バイオミメティクス」が体系化されました。また、ロボティクスやセンサーの分野では比較的早くから「機械系バイオミメティクス」が注目されていました。そして、ここ十数年のナノテクノロジーの進展と相俟って、「材料系バイオミメティクス」とも言うべき新しい研究の潮流が展開されはじめたのです。

生物細胞のサイズは約10ミクロンで、その表面や内部には、ナノからマイクロにわたる階層的な「サブセルラー・サイズ構造」があります。電子顕微鏡を駆使した自然史学者・生物学者は、生物の特異な機能の発現には特徴的な構造が対応することを見出していました。近年、類似のナノ・マイクロ構造を人工的に再現できるようになったナノ材料・ナノ加工研究者が、生物機能の発現機構の物理化学的解明と、材料やデバイスへの応用を図り始めているのです。この流れは、自然史学・生物学からの問題提起をナノテクノロジーによって解決し工学的に応用する点にあり、とりわけ欧米におけるバイオミメティクス研究中興の背景には、学術の融合を重んじる文化的風土と積極的に異分野連携を誘う科学技術政策があります。一方、我が国のバイオミメティクス研究は未だに縦割り的で異分野連携が進んだとは言い難く、欧米のキャッチアップ的な展開に留まった「周回遅れ」的な現状なのです。生物学と材料科学の両輪で「サブセルラー・サイズ効果」の学理を追求することで「サブセルラー・サイズ構造」がもたらす特異な機能を解明し応用展開を図ることは「周回遅れ」的な状況から抜け出すために不可欠な戦略です。

 

*平成24年度スタートした新学術領域「生物多様性を規範とする革新的材料技術」のウェブサイトをご覧ください。

 

 
下村政嗣
 Masatsugu Shimomura

東北大学原子分子材料科学高等研究機構教授。九州大学工学部、東京農工大学、北海道大学電子科学研究所、理化学研究所(兼任)、東北大学へと拠点を移しながら、日本の大学・研究所を体験的に比較し、異分野連携、産学連携のありかたを模索。2000年度日本化学会学術賞受賞。バイオミメティクス研究会主宰。新学術領域「生物規範工学」代表。 主な著書に『昆虫に学ぶ新世代ナノマテリアル』『バイオミメティクスと自己組織化ナノマテリアル』『昆虫ミメティックス-昆虫の設計に学ぶ』他多数。

 

出典:新学術領域「生物多様性を規範とする革新的材料技術」ニュースレター Vol. 1 No.1 領域発足記念号(2012)

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