2013.10.21

研究者コラム|佐藤典司


 モノから情報へ 〜価値大転換社会の到来〜

立命館大学経営学部教授
佐藤典司

 

モノから情報へ

 

私たちの世界は、モノと情報からできています。このモノと情報は性格の全く異なる存在です。当然に、自然もまたモノと情報からできていますが、自然界におけるモノと情報の見事な調和ぶりを、私たち人間も大いに学ぶ必要があるのではないでしょうか。

 

私たちは商品を選ぶ時、その物質の価値ではなく情報の価値を見て選んでいます。例えば色々なデザインの手帳、例えば器…。機能よりも、むしろ情報価値で買っているといえます。しかし、今の経済学・経営学ではそこまで組み込まれていません。農業から工業に移り、今、情報産業でさえ、物質産業の価値観で動いています。ビジネスもこれまでと違う価値観で動かないとうまくいかないのではないでしょうか。

 

世の中の物の交換価値は、物質性コスト(又は有形の価値)と情報性コスト(又は無形物の価値)の二つに分けられます。例えば石油のような物質と、ブランドの商品では、そのコストの性質は明らかに異なります。そして、「時代は必ず物質性コストから情報性コストへと移行する」(林雄二郎)と言われています。

 

動物の受精卵は、体細胞分裂と分化の過程で「内胚葉」「中胚葉」「外胚葉」が形成され、次第に体の器官が作られていく。内胚葉は消化管、肺、肝臓、気管などを形成し、中胚葉は筋肉、骨格、心臓・血管などになり、外胚葉は表皮や感覚器、脳、脊髄、神経を形成します。社会の進化も内胚葉から外胚葉のように、生命の基本である農業社会から、工業社会、やがて情報産業へという発展の仕方をしているという説もあります。


情報は差異から生まれる

 

「情報とは環境からの刺激である」(加藤秀俊)という定義があります。物質は違いがなくても価値がありますが、情報は違いがなければ価値がありません。同じ本は何冊も買いませんし、白地に白色で文字を書いても情報になりません。情報化社会になり、企業は同じ仕事をする人間ではなく異なるアイデアを持つ人間を採用する時代になりました。情報とは「関係概念」であるといえます。

 

今、社会が成熟化し、物質とエネルギー主体の発展では、人々を満足させることができなくなっています。「エネルギーだけでは価値を固定できない」時代です。貨幣経済では、市場で交換されない世界の価値は相手にされませんが、これは問題を孕んでいます。環境というのは、交換が長期に渡るか、あるいは場合によっては無主物ですから交換が成立しないことが多い。交換系経済学だけやっていては、倫理観が欠けたり、環境が破壊されたりします。物質とエネルギーだけでなく、情報を加えないと、正しく評価されなくなっていくのではないでしょうか。

 

デザインは、エネルギーと情報の両方の視点から、最適な組み合わせを考えることによる価値創造行為であり、その働きは、人、モノ、自然などの間の互いの関係やコミュニ-ションを、より円滑に、より好ましいものにすることです。

 

情報価値社会は複素数社会?

 

商品の価格は、常に実数で表されます。しかし、情報産業における情報の価格は、つねに虚数的部分を含まざるを得ません。虚数とは、2乗するとマイナスになってしまうもの。モノはたくさんあればあるほどよい。しかし、情報は、その数が増えることで、互いに邪魔し合い、負の効果を生むことがあります。余計なものは、むしろノイズになってしまいます。

 

例えば東京吉祥寺の駅前、自動販売機の列、お台場の公園、東京都心の風景のように、物質だけを追い求めると救いようの無い価値空間が出来上がってしまいます。これは全て人がつくったもの。一方で、西の湖の景観はどうでしょう。何があるわけではない。しかしここには素晴らしい価値が生まれています。我々はこの景観を見たときに綺麗だと感じます。この価値基準をつかむビジネス理論が成立しないと、我々の世界は、先ほどの救いようの無い世界に陥ってしまいます。

 

親から「夕陽は美しい」と教えられた記憶はありません。しかし、これを美しいと感じるのはなぜでしょうか。私は、人間の生存にとっての根元的理由があるからだと思います。もしかしたら、夕陽に関心を持ちながら、農作業の準備をしたり、狩りの準備をした人だけが生き残ったのではないか?これがおそらく美というようなものとなり、DNAに内在化され今日を迎えているのかもしれません。

 

 
prof.sato佐藤典司
 Noriji Sato

立命館大学経営学部環境デザインインスティテュート教授。1955年山口県生まれ。早稲田大学政治経済学部経済学科卒。1980年(株)電通入社の後、(社)ソフト化経済センター出向などを経て、1998年電通を退社し現職に。デザインマネジメントおよび、近年は情報・知識価値マネジメントを中心に研究。主な著書に「文化の時代を生きるために」(PHP研究所)「情報消費社会を勝ち抜くデザインマネジメント戦略」(NTT出版)「情報消費社会のビジネス戦略」(経済産業調査会)ほか多数。

 

※この文章は、2013年8月22日記念講演の記録を元にアスクネイチャー・ジャパンが作成しました。

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