2012.09.28

研究者コラム|安田喜憲


 生命文明の時代を創造する科学

国際日本文化研究センター名誉教授
安田喜憲

 

2011年3月11日は、新たな生命文明の時代を創造する幕開けになった。東日本大震災と東京電力福島原子力発電所の事故は、生命の尊さを我々に実感させた。

人が生きることとはいかなることなのか。それは過去に感謝する心が基本になる。お金を貯めるのもいいし、他人のために生きるのもいい。しかし、その基本は過去に感謝し、自分を生かしてくれる風土に感謝することからはじまる。

自分の命は父と母によって与えられ、父母の命は祖父母に、祖父母の命は・・・・というように、自分がこの美しい地球に生きることができる背後には、何千年と続く生命の連鎖があるのである。

だが、明治以降の近代化は、過去を切り捨てることから始まった。歴史と伝統文化を、人と人の絆を、水利共同体を封建制の因襲と言う名のもとに、忘却の闇の彼方におしやった。それを可能にしたのは物質的豊かさをふりかざす物質エネルギー文明だった。

そして過去を切り捨てる闇は、近代科学の世界にもはびこった。戦後日本の科学技術をリードしたのは、物理学だった。理工系で優秀な学生は物理学へと進学した。この過去の歴史や伝統文化にほとんど興味のない物理学者が科学の世界を支配したことによって、たしかに我々は物質的豊かさを満喫できた。しかしその反面、過去から現在を見通し、未来を予測する歴史学的手法を重視する科学を軽視することになった。

その欠陥が、はからずもM9の巨大地震の到来によって露見した。巨大地震に直面して、地球物理学者がまっさきに吐いた言葉は「想定外の地震」ということだった。そして、地震予知連絡会の責任者は「現在の地震予知のレベルは、今、巨大地震がおこるのか、30年後に起こるのか、300年後におこるのか予測できないレベルである」と言った。

しかし過去を研究している環境考古学者にとっては、東北を襲ったM9の地震は、西暦869年5月26日の貞観の大地震をはじめ、過去にいくどとなくあり、それは既知の事実であり、想定外でもなんでもなかった。そして巨大地震津波の証拠も把握していた。

地震計を1万台設置しても、予知できる未来は限られる。現在をいくら精緻に分析しても、未来の予知には限界がある。1台数千万円もする地震計を設置する代わりに、過去の地震の記録やその地震が人々に与えた影響を丹念に研究する環境考古学に、もっと研究費を投入していたら、こんなことにはならなかったであろう。

とりわけ我々が日本の湖底から発見した年縞(ねんこう)には、過去に起こった地震の記録が明瞭に残っている。その年縞の中に残された地震の周期性を計測することによって、年単位のレベルで、かつその巨大地震がいつの季節に起こったのかさえ特定できるようになっている。この年縞の研究を発展させれば、地震の周期性が年単位・季節単位で計測でき、今後、何年後にどれくらいの規模の地震がおこるのかも、数年の単位で予知できるのである。

我々は乏しい研究費の中、かつわずかの人材で、こつこつと年縞の研究を積み重ねてきた。それは地震計一つを設置する額にも満たないものである。

そうした研究にもっと予算をふりむけ、この国難を乗り切ることが、今の科学行政の重大な課題なのではあるまいか。それは過去を重視し、生命の連鎖を重視する科学を、もっと発展させなければならないということでる。

生命文明の時代を創造するためには、科学そのもののあり方を変更しなければならない。3.11の巨大津波にのみこまれた多くの生命と財産、そして福島原子力発電所の事故は、明治以降、近代化を推し進めてきた物理帝国主義の残骸をみる思いだった。

21世紀の科学のキーワードは生命である。過去に感謝し、過去に学び、過去から現在を見通し未来を予知し、生命の連鎖のなかで、生きとし生けるものの生命に畏敬の念をもつ生命文明の時代を創造することに貢献する科学の時代を構築しなければならないのである。

 

 
安田喜憲
 Yoshinori Yasuda

1946年三重県生まれ。東北大学大学院理学研究科修士課程修了。日本の第四紀学者、地理学者、考古学者。2012年より東北大学大学院環境科学研究科教授、国際日本文化研究センター名誉教授。主な著書に『山は市場原理主義と闘っている』(東洋経済新報社 2010)、『稲作漁撈文明』(雄山閣 2009)、『生命文明の世紀へ』(レグルス文庫第三文明社 2008)、『一神教の闇』(筑摩書房 2006)など多数。

 

出典:近江八幡 草の根まんだら 第3号(近江八幡商工会議所, 2011)

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