2012.09.28

研究者コラム|石田秀輝


ネイチャー・テクノロジー 自然に学ぶあたらしいものつくりと暮し方のかたち


東北大学大学院教授
石田秀輝

 

2011年3月11日、東日本大震災が起りました。そのとてつもない自然の力の前に、あらためてテクノロジーのあり方を考えさせられました。今私たちがテクノロジーと呼んでいるものは、その多くが250年ほど前にイギリスで始まった産業革命以降の産物と言ってもよいでしょう。そしてそれが、自然の力の前では如何にかよわいものかを知りました、そして、そのテクノロジーがたった250年の間に地球が何億年もの時間を掛けて創り出した、資源やエネルギーを使い尽くし、地球環境の劣化を加速させていることも事実なのです。

もう一度原点に戻って考えてみる必要があるようです。私たちが、次の世代に、さらに次の世代の子供たちに、この地球で心豊かに暮らすという当たり前の夢を手渡すために、どうしても創らなければならない持続可能な社会をどうやって創ればよいのかを、何を模範にすれば良いのかを・・・そして、それこそが自然ではないかと思うのです。

地球が生まれて46億年、生命が誕生して38億年、この想像さえできない程の長い時間を掛けて、あらゆる形の淘汰を繰り返し、自然は完璧な循環を最も少さなエネルギーで駆動できる持続可能な社会を創り上げたのです。この自然から私たちは多くのものを学ぶことができます。それは、メカニズムやシステムであり、あるいは淘汰といった社会性でもあります。

自然は、どこにでもある、当たり前の素材を使い、常温で、とてもシンプルな構造から驚くべきメカニズムを創りだしています。今まで、私たちはこの地球に存在しないテクノロジーが何か素晴らしいもののように思っていたようです。でもそれは複雑で、造るにも使うにも大量のエネルギーや資源を消費するものの方が多いようです。自然に学ぶテクノロジーは、これとは全く異なるテクノロジーと言えるのです。

もう一つ大事なこと、それは、自然に学んだからと言って、何かと何かを置き換えるだけでは不足だという事です。例えば、ザトウクジラのヒレのコブに学び、エアコンのファンに小さな凸凹を付けることで、ファンの効率を上げることはできますが、それだけではまだまだ不足です。大事なことは、暮らし方も一緒に変えることなのです。エアコンは本当に必要なのだろうか? エアコンが無くても心豊かに暮らせないのだろうか?そんな「もの」から「こと」へ考えを移すことで、シロアリの巣に学んだ無電源のエアコンが生まれ、水のいらないお風呂が生まれ、トンボの風力発電機、家庭農場まで見えてきました。

今求められているもの、それは、自然のすごさを賢く活かす、あたらしいものつくりと暮らしのかたちをつくることなのです。そんなテクノロジーのことを、私たちは、ネイチャー・テクノロジーと呼んでいます。

今、地球環境は急激に劣化しています、このままでは、2030年頃、私たち自らの手で文明崩壊の引き金を引く可能さえ高くなってきました。一方で誰も怠けているわけではありません、みな一生懸命努力しているのですが、努力すればするほど劣化が進んでいるのが地球環境問題の現実なのです。もう一度、原点から考え直さなくてはならないときなのです。テクノロジーがライフスタイルに責任を持ち、そんなテクノロジーを自然の中に捜しに出掛けるという新しいものつくりと暮らし方のかたちを求めて・・・

 

自然は、その中に居るだけで人の心を癒してくれます、でも、その自然は、これからの暮らしや社会に必要なテクノロジーの宝庫でもあるのです。そのことを是非、多くの人たちに、多くの子供たちにわかって欲しい、そしてそんなテクノロジーを次から次に生み出すあたらしい力になって欲しいと心から思っています。



石田秀輝
 Hideki Ishida
2004年㈱INAX(現LIXIL)取締役CTOを経て現職、ものつくりのパラダイムシフトに向けて国内外で多くの発信を続けている。特に、2004年からは、自然のすごさを賢く活かすあたらしいものつくり『ネイチャー・テクノロジー』を提唱、また、環境戦略・政策を横断的に実践できる社会人の人材育成や、子供たちの環境教育にも積極的に取り組んでいる。アメリカ・セラミックス学会フェロー、地球村研究室代表、ネイチャーテック研究会代表、サステナブル・ソリューションズ理事長、ものつくり生命文明機構理事、アースウォッチ・ジャパン理事ほか 近著;キミが大人になる頃に(日刊工業新聞 2010)、 地球が教える奇跡の技術(祥伝社 2010)、自然に学ぶ粋なテクノロジー(Dojin選書 化学同人 2009)ほか、多数。

出典:近江八幡 草の根まんだら 第3号(近江八幡商工会議所, 2011)

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