2015.10.01

研究者コラム|小林広英

風土建築の再建プロジェクト

 

京都大学大学院地球環境学堂准教授
小林広英

 

研究活動のひとつとしてアジア伝統木造建築の発展的継承をテーマに,国内外の様々な地域でフィールド調査をおこなっています.木造建築の中でも,特に風土に根ざした原初的な類の建築で集落生活を表徴するような,いわゆる風土建築を対象としていますが,現代社会においては辺境地の集落でさえコンクリートブロックやトタン,セメントスレート等の新建材が急速に普及している様子が見られます.


これまでのフィールド調査の経験から,風土建築は在地資材(集落周辺で採取される建築資材),伝承技術(世代間口承・経験知による建築技術),共同労働(コミュニティの共同による建築作業)の3つの要素により建設・維持されてきたと言えます.またこれらの要素は,集落コミュニティの世代間交流を通じて知識や技術を受け継ぎ,その能力を駆使して森林資源を有効かつ合理的に利用し,豊かな森林の恵みを集落コミュニティが享受する,というような循環的連環関係をもっています.


各要素を地域資源という視点でみた場合,在地資材<地域自然(物的資源),伝承技術<地域文化(知的資源),共同労働<地域社会(人的資源)と表現され,全体として地域環境そのものに還元されます.これは,地域環境の保全により風土建築が成立し,その持続性も担保されることを示します.風土建築を考えることは,建築物だけに止まらず,コミュニティや自然環境,そしてその地域の文化を考えることです.


しかしながら,現代の市場経済をベースとした新建材や産業技術,外部施工者に取って代わることで地域資源の連環は断ち切られ,地域固有の建築文化は急速に衰えています.場所に依らず市場経済が浸透する1970〜80年代以降,自分たちの伝統建築を建設していないと調査で訪れた集落住民からよく聞きます.風土建築は建設の機会によって技術が伝えられるため,在来の建築技術を有する人々は高齢化して継承機会のないまま消滅する可能性にあります.また,そこには自然と共生してきた生活そのものが内包されており,多くの伝統的な慣習や儀礼の継承にも影響を与えます.


失われつつある風土建築の多様な豊かさは一旦途切れるとその再生は難しく,このような状況を危惧する現地の人たちと出会ったときに,風土建築の再建プロジェクトをおこなってきました.在来技術を有する長老衆が建設を主導し,集落住民が共同しながら自ら建設をおこないます.適切な材料採取の方法,身体を用いた寸法決定,材料の見立てや巧みな加工技術など,多彩な知識や技術が建設過程で披露され,再建プロジェクトは住民にその価値を再認識する機会を提供します.


これまでに,ベトナム中部・山岳少数民族カトゥ族の集会施設(2007年),フィジー・ビティレブ島伝統木造建築ブレ(2011年),タイ南部・海洋少数民族モクレン族の伝統住宅(2014年)で,現地住民の自力建設をサポートしました.また,2016年には再度ベトナム中部で再建プロジェクトを予定しており,この機会に地府政府や研究機関の支援体制を整備することで,風土建築の持続姓を担保する枠組みづくりを試みます.


そして,再建プロジェクトにみる風土建築のあり様や地域資源の連環は,現地の人だけでなく現代の我々の生活にも必要なことを示唆してくれます.風土建築は決して時代遅れの産物ではなく,未来社会に向けた価値の再定義に様々なヒントを与えてくれるように思います.このような思いから,風土建築の特徴を現代社会の文脈で捉え直す取り組みを,里山放置竹林の整備と竹材の循環的利用に当てはめ,「バンブーグリーンハウス」や「たねや農藝」の設計と実践活動をおこなっています.今後も様々な場面で地域資源と建築との関係を深める手法やしくみづくりを試行していきたいと考えています.


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ベトナム中部・山岳少数民族カトゥ族の集会施設(2007年)

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フィジー・ビティレブ島伝統木造建築ブレ(2011年)

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タイ南部・海洋少数民族モクレン族の伝統住宅(2014年)

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【左】放置竹林の整備活動(たねや農藝)
【右】新規就農者によるバンブーグリーンハウス(いろどりファーム提供)

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【左】高齢過疎集落におけるバンブーグリーンハウス
【右】たねや農藝における竹チップ舗装のアプローチ


hkobayashi小林広英
 Hirohide Kobayashi
京都大学博士(地球環境学)。1992年京都大学大学院修士課程(建築学)修了、マンチェスター大学奨学生。設計事務所を経て2002年京都大学大学院地球環境学堂助手、2009年より同大学准教授。「風土に根ざす設計技術」を主要テーマに、国内外で幅広い実践的研究活動に従事。

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